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【研修医】メーコン黒部医療交流

堀 雄希医師


米国研修を終えて

2023年10月、ジョージア州メーコンのAtrium Health Navicentで4週間研修しました。前年までCOVID19の影響もあり中止や短縮などがありましたが、今年は関係者の方々のご協力により4週間フルに滞在できました。この場を借りて尽力してくださった病院関係者の皆様に心から御礼を申し上げます。また、アメリカの病院関係者の皆様が暖かく迎えて下さったのは黒部市民病院で研修された歴代の先生方が誠意と敬意を持って研修されたことの積み重ねの上にあることを自覚し、自分も先代の先生方に恥じぬよう誠心誠意研修に望みました。

私は9歳から14歳までアメリカに住んでいたこともあり、アメリカの情勢や社会システムには常に興味がありました。そのためアメリカで1ヶ月も研修できるという黒部市民病院の研修は私の目に大変魅力的に映り、当院で初期研修をする決め手にもなりました。15年前ぶりのアメリカで言語の不安はあったものの、現地の先生方が私の稚拙な発音にも熱心に耳を傾けて頂いたお陰もあり、予想以上にしっかりコミュニケーションを取ることができました。事前にUSMLE(アメリカの医師免許試験)を受けて英語の医療用語を大まかに把握したり、黒部に来日していただいたアメリカ医師の先生方と積極的にディスカッションしたりなど事前準備の影響も大きかったと思われます。しかし、やはり英語は一筋縄では行かないものです。Lipoma(脂肪腫)を「リポーマ」と発音しLymphoma(リンパ腫)である「リンフォーマ」と誤認させてしまいました。正しい発音は「ライポーマ」であり、患者さんを不必要に不安にしてしまい申し訳なく思っております。またオペ中に人工肛門という単語が出てこず「Handmade Anal」という粗末な単語が喉まで出たことがありました。直前で「Stoma」という単語にたどり着きことなきを得ましたが、母国語と異なり単語がパッと出てこないのはやはり仕事をする上では不自由だなと思いました。
ただ私の場合、英語より反省したいことがありました。それは知識不足、技術不足でした。縫合の精度や外科に対する専門知識が1年目のレジデントに大敗しており、知識に関しては実習中の医学生の方がしっかりしている始末でした。私の努力不足というあからさまな前提はさておき、彼らのレベルの高さはアメリカの厳しい競争社会を反映しているように感じられました。アメリカの医学部は入学後も競争が激しく、中でも外科系は給料の関係もあり人気が高くなっています。医学生はUSMLEで高得点を取るため病院実習の合間を縫って勉強しています。また、それとは別にローテション中にその科についての試験があります。このローテション科の試験の点数が不十分だとすべてのローテションが終了したあと(日本でいう病院実習終了後の試験準備期間)にその科の再ローテションを課されるため、日々勉強に追われている様子でした。病院のマッチングにはテストの成績はもちろんのこと、学生時代の研究も評価されるため研究を両立している学生も中にはいるそうです。そのような競争の末、ようやく外科レンジデントになったところで待ち受けているのは日本の昭和を想起させるような激務でした。また、手術中に解剖の知識を聞かれる文化はこちらにもありました。そして分からないと容赦なく怒られます。(私も答えられなかったため怒られました。)火曜にはレジデントが主催する勉強会があり、プレゼン中にオーディエンスに質問が飛んでくるのはもちろん、大事な箇所は上級医が深掘りし積極的なディスカッションが展開され常に緊張感がありました。木曜にはケースプレゼンテーションもしくは上級医の研究発表がありました。自分が滞在中に拝見した研究発表では片乳がんのコホート研究についての発表があり、レベルがかなり高かったです。英語論文が母国語で書けるというアドバンテージ以外にも資金源が潤沢であったり、在学中に研究に携わっている方が多いことも要因であったように思います。
ただしこのような忙しい働き方の結果、ドロップアウトやバーンアウト、レジデント留年も多い事実があります。また訴訟が身近であるため、訴訟に繋がりうる行為をしてしまった場合はクビになることもあります。外科レジデントを修了できず病院を去る方も珍しくなく、体力も知力も判断力も全て高水準で求められる厳しいサバイバル環境でした。
自分は外科に4週間お邪魔しました。外科はチームに細分化されており、その中のTrauma Surgery、Acute Care Surgery、Cancer Surgery、 General Surgeryを隔週ごとバランス良く回りました。

1週目はTrauma Surgeryチームに参加させていただきました。Trauma Surgeryとは銃創や交通事故などの外傷を専門的に診るチームです。この科の特徴としてはオペ室の手術がほとんどなく主戦場がER室であること、チームが抱える患者数がその他の外科チームよりも多く故に仕事の開始が早いことが挙げられます。まず朝5時集合しチームが抱えている50~60人ほどの患者のバイタルとラボデータに異常がないかをレジデントと手分けしてチェックします。6時にはチーフレジデント(レジデントのトップ)、看護師、当直を担当したレジデントを含む全体ミーティングを開始します。当直帯で来院した患者の引き継ぎや割り振り、優先度の高い入院患者についてのディスカッションをテンポ良く行います。6時半ごろにはミーティングが終わり、自分が担当する患者のカルテを先程より入念にチェックし、回診で行う手技などを大まかに決めます。回診が終わり医局室に戻るとカルテを更新し、その後2回目のミーティングがあります。そこではチーフレジデントに回診の結果を踏まえた今後の方針を1回目より詳細に相談し、必要に応じてフィードバックやディスカッションが行われておりました。外傷患者の搬送を知らせるポケベルが一度鳴るとER室にチーム全員集まります。車社会であるため交通事故が最も多いですが銃創、刺創など日本ではお目にかかれない外傷も多いのが印象的でした。胸部に銃撃を受け、血気胸を合併した患者に胸腔ドレーンを入れさせて頂いた経験は生涯忘れることはないでしょう。ER室にいる間はウォークイン患者の問診を任されることもありました。趣向歴で酒やタバコと同じ並びでコカインやマリファナなどドラッグの使用歴を聞く必要がありました。酒やタバコと同じでバツが悪そうに誤魔化そうとする患者が多かったです。刺創や銃創など見慣れない怪我が多く最初は戸惑いましたが気道、呼吸、循環、意識、環境などのABCDEをプライマリーサーベイで評価しバイタルをチェックすることは日米共通であることに気が付き、後半は落ち着いて対応できました。
2週目はAcute Care Surgeryのチームに加わりました。Acute Care Surgery とは緊急手術を担当するチームです。虫垂炎や消化管穿孔といった消化器外科の疾患以外にも、交通外傷の肋骨固定なども行いました。Traumaチームではオペ室に入る機会は無かったため久しぶりの手術室でした。しかし喜んでいたのもつかの間、手の洗い方、清潔手袋の付け方から文化が異なりショックを受けました。自分が見た手術には交通外傷由来の肋骨骨折のプレート固定、壊死した下肢の切断、胃がんが原因と思われる穿孔の閉鎖術などがありました。手術の幅が広いにもかかわらず術者の解剖に対する理解が深く、胸部、腹部、下肢関係なく対応している姿が印象的でした。胃の穿孔の閉鎖をする際は術者と助手で積極的にディスカッションが行われており、様々なケースを想定しておりました。これは緊急手術の都合上、事前評価が不十分な場合もあり術中に得られた所見から患者の病状をアップデートし共有する必要性が高いことに起因していると考えられます。ディスカッションの結果、穿孔周囲の胃がんを疑われる部位をマージンを的確な大きさで取り、検体を病理に提出し、閉鎖しました。日々の勉強や練習の積み重ねの必要性を痛感したローテションとなりました。

3週目はOncology Surgeryのチームに加わりました。Oncology Surgery名前の通り悪性腫瘍をメインとして診る科です。初日は6時集合で7時半からオペが始まりました。この日はCVポート埋め込み、皮膚生検、乳房部分切除、乳房全切除など計8件のオペがほぼノンストップで続きました。翌朝、乳房全切除の方以外は殆ど手術のあとに退院していたのが印象的でした。アメリカでは入院期間が短いとは聞いていましたが、自分のイメージ以上に早かったです。外来は患者が少ないため、問診や診察に時間をかけることが可能でかなり詳細に行われていました。プライマリ・ケアからの紹介で来る人が殆どのため、プライマリ・ケアをそもそも受けられない人たちが来院できないのも一因だと思います。
3週目の金曜の夜は当直を体験させていただきました。その日は銃創や刺創は珍しく来ませんでしたが交通事故が連続で搬送されました。肥満すぎてCTのトンネルをくぐり抜けられない患者、脈ルートが取れずドリルで脛骨に穴を開けて骨髄路を確保された患者、緊急手術となった患者など重症例が多く大変勉強になりました。また、こちらの外科ローテーション中の医学生にも当直のシフトがあり、夜中も懸命に働いていました。医学生、レジデントに関わらず皆エナジードリンクを片手に夜通し働いており、アメリカ人のタフさに感嘆しながら自分も負けじと夜通し働きました。
4週目はGeneral Surgeryでした。General Surgeryは待機手術が主でヘルニアや胆嚢摘出など見知った術式が多く、自身の外科の研修に一番雰囲気が似ていました。しかし、やはり違いもありました。例えば腹腔鏡手術はゲルポートという特殊な器具を用いたハンドアシストの手術が多かったのは印象的でした。これは開腹手術と腹腔鏡手術のハイブリッドのような手術であり腫瘍を術者が触り感触を確認したり、指による牽引を可能にしたりなど利点も多いと感じました。また、ロボット手術も多かったです。日本よりまた導入された時期も早く、ロボット台数も多かったためか練度が高くあっという間にオペが始まり終わって行きました。最終日はロボットの胃切除の手術が3例あり、3例とも全て肥満に対する手術でした。肥満に対する胃切除も初めてながら、BMIも初めて見る数字ばかりでした。(1例目BMI40台、2例目BMI50台、3例目なんとBMI60台!)1例目はスリーブ手術でしたが、2例目以降はroux-en-Y再建(食道断端と空腸の端側吻合を行う術式)でした。こちらの手術は日本でも胃がん患者の胃全摘をする際によく使われる術式ですが、肥満患者に対して使われるのを見るのは初めてでした。胃がんの患者と異なり、肥満患者の胃切除の場合は胃を摘出せずそのまま腹腔内に残す点に驚きました。よく考えると悪性腫瘍がないため摘出する必要性は乏しいことに気が付き、大変勉強になりました。肥満患者は食生活や運動習慣をはじめとした生活習慣に問題があることが多く、術後は体重は落ちてもリバウンドしてしまう例も多いと現地のレジデントが教えてくださり、アメリカが抱える肥満の問題の根深さを考えさせられました。最終日は医学生やレジデントの方からサプライズでプレゼントや手紙をもらったりして、目頭が熱くなる思いをしました。

銃創や薬物乱用などは見たことがなかったため、どのように処置されるかを医師キャリアの早い段階で知ることには大変価値がありました。外来人数や入院日数などの違いは背景にある文化やシステムの影響が大きく、背景が違うと国同士でここまで異なるのかと大変勉強になりました。しかし、私が今回の研修で最も大事だと感じたのは日本とアメリカの医療の共通点を探すことでした。例えば外科ではアメリカでもオペ中に上級医から若手医師に知識を問う質問があり、間違えた際には叱咤がありました。中途半端な知識や自信でオペ場に入られても困るというのは日米共通認識でした。銃創やナイフの刺創など一見見慣れない外傷も結局のところプライマリーサーベイとバイタルチェックから始まります。はじめは違いに目が行きがちですが共通点を見つけることができると国や文化が異なっても変えが効かない医療の本質のようなものが見えてくるのではないでしょうか。

最後になりましたが、この度は貴重な機会を恵んで頂き心から感謝しております。学んだ知識や経験を今後の仕事場で活かして還元していきたいと思っております。

レジデント1年目

レジデント1年目。一番お世話になった人。知識を含め色々教えてもらった

レジデント1年目。去年まで日本の海軍病院に勤務

3年医学生。一緒に行動することが多く、最終日に手紙ももらった。皆とても勤勉。
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