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【研修医】メーコン黒部医療交流

渡辺 一海医師


米国での家庭医視察

日本では2018年より新しい専門医制度がスタートすることとなり、19の基本診療領域の1つとして総合診療が加わることとなった。総合診療専門医の制度作成にあたっては、プライマリ・ケア連合学会が中心となっている。この学会は3つの学会が合併して発足したものであるが、その中の1つにアメリカの家庭医療教師協会(society of teachers of family medicine)を模範とし若手家庭医の育成に重点を置いていた家庭医療学会というものがある。日本の総合診療医の育成は、アメリカの制度を模倣している部分が多かれ少なかれあるようだ。
一方、米国では第二次世界大戦後、研修医や専門医が増える一方、地域の医者を見つけることが困難となっていくことに不満を覚えた市民より、当局に一連の報告書が提出され、1969年より家庭医療の制度が施行されることとなった。年数では日本よりも数十年先に進んでいることとなる。今回の米国研修では4週間にわたって家庭医、及び家庭医レジデントと共に過ごし、アメリカでの家庭医の現状を垣間見ることができたため、報告する。
本研修は驚きとともにスタートした。というのは、初日の内容が子宮体癌・頸癌の検診目的の検体採取であったからである。日本では産婦人科医以外が行うことは稀であると思われるが、米国では家庭医の業務として一般的に行われていた。おそらくこれは、検診のスケジュール管理を行っているのが日本のように健康保険協会・組合ではなく、家庭医がかかりつけの患者ごとに行っていることが原因として大きいと思われる。その一方、消化管内視鏡検査に関しては専門性が高く、消化器内科医に紹介を行っていた。人数比の関係か検診の間隔は非常に長く、数年ごとに受診するようになっていた。

また、診察がとても丁寧である。レジデント・専門医とも、一人当たりが午前中に診療する患者数は7~8人いれば多い方であり、患者1人につき初診・再診関係なく20~30分、長い場合には1時間程度を要した。中でも検査前の診察に時間をかけており、一見主訴と関係のなさそうなことまでROS(Review of System)、身体診察を行っていた(例えば、ほとんどの患者で耳鏡を用いた耳の診察が行われていた)。どのような疾患の兆候も見逃さないようにとする2次予防の精神と思われるが、私としては時間をかけすぎているように感じた。カルテも丁寧で、決して数行で終わることはなく、既往歴・内服薬・アレルギー・身体診察結果含め、他の医療者にもすぐにわかるよう丁寧にまとめられていた。なお、アメリカのすべての医療分野でこのような時間をかけた診療が行われているわけではなく、実際に見たわけではないが救急医は1日1人当たり50人を診察するという激務に就いているそうである。

丁寧な問診のためか、診察後の検査オーダーは一般的な日本のクリニックで行われている内容よりも少ないように感じられた。これはレントゲン写真を読影する放射線医の負担を減らすためだけのものではなく、医療費の問題が背景にあるのではないだろうかと思う。医療費増大は、日本のみならずアメリカでも大きな問題となっているようであり、検査項目でいえばルーチンの検査に肝胆道系酵素を含めず、CRPもほぼ測定しないようであった。私が経験した胆嚢炎の一例では、最初にプロカルシトニンを測定後、バイタルサイン等で疾患活動性を把握し、フォローの採血検査をすることなく退院となった。また、H-FABP(ラピチェック)は指導医にも全く認知されていなかった。他にも薬品でいえば、高血圧にARBよりもACE阻害薬を好んで用いたり、神経障害性疼痛にリリカよりもガバペンチン(日本では神経障害性疼痛に対しては未承認)を用いたりすることが一般的であった。また抗菌薬では、尿路感染症や肺炎の治療にST合剤がしばしば用いられた。
ここまで私は見学していた診療所で気づいたことを中心に書き進めてきた。実は、私のメインの研修場所はほかの研修医が視察したであろう大きな総合病院と違い、家庭医療センターという本院から20分程度離れた小さな診療所であった。というのも、家庭医が診療するものは基本的には慢性期・専門的治療の必要性がないものであり、日帰りの患者が多いからである。しかし、中には何人かの重症患者も診療所を受診することがあり、その場合は総合病院に転院搬送となっていた。総合病院へ搬送された患者は家庭医の手を離れるのかと思いきや、そうではない。ある研修医が言うには、専門内科や外科などに紹介の場合は手を離れることもあるが、一般内科としての治療は全て家庭医チームで担当するとのことである。症例は多種多様であり、ACS疑いの胸痛、呼吸器感染からの敗血症など様々であったが、中には交通事故による側頭骨骨折・外傷性SAHなどもあった。レジデント1人当たりの持ち患者は1~2人で毎日午前中に上級医含め10人程度で総回診、午後は各自の仕事となっていた。患者用の食事も日本と違い、使い捨て容器に入れられたパンケーキやナゲットなどで、マクドナルドなどの企業から提供されていた。文化の違いを感じた。

外来・入院患者含め、80歳以上の高齢者はかなり少数であった。また、誤嚥性肺炎や腎盂腎炎の症例も非常に少なかった。今回私が見た唯一の誤嚥性肺炎の症例は人工呼吸器関連肺炎の症例で、高齢者の嚥下機能の低下によるものではなかった。小児科と同様に、アメリカには老年医学という高齢者に対する診療体制が整えられているため、そのような患者を家庭医学で診療する機会があまりないのかもしれないが、日本とアメリカのcommon diseaseは異なるのだろうと思われた。
日本とアメリカで家庭医の仕事内容は大きく異なる点も多々あったが、どちらが良い・悪いの問題ではないと思う。両国とも既存の制度や患者の需要と折り合いをつけながら、求められるものを提供していった形なのだと思う。日本の総合診療専門医制度はスタートしたばかりで今後の存続が憂慮されていることも事実だが、アメリカの家庭医制度のように求められる需要にこたえ、今後国民から広く認知・信頼される診療科となることを願ってやまない。

今回の研修では、本当にたくさんの方にお力添えを頂いた。当院の辻先生をはじめ、現地では家庭医のDavis-Smith先生に診療見学・指導を引き受けていただき、充実した研修を送ることができた。またレジデントのHo先生にThanksgiving dayのホームパーティーに招待していただいたり、今年黒部に来られたSakhalkar先生の奥様にランチに連れて行っていただいたりした。不慣れな環境で、流暢に会話をすることもできない中、非常に良い経験や思い出となったのは、周りの方々のおかげだと思う。心より感謝申し上げる。

Dr. Burtner夫妻と

Dr. Davis-Smith と

Dr. Dela Cruzと

Dr. Sakhalkarと

family medicineの診療所

レジデントのHo先生と

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