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【研修医】メーコン黒部医療交流

材木 美穂医師


アメリカ研修報告

クリスマスのイルミネーションで街が少しずつ彩られていく。そんな中、私はジョージア州メーコン市で4週間を過ごした。

アトランタ空港に到着し、私以外に日本人はほとんどいないことに気付いた。これまで行った海外旅行では、たくさん日本人観光客がいたし、観光地ならだいたい日本語が通じた。飛び交う英語に圧倒されながら、アメリカで生活していた後輩のアドバイスを思い出した。
「YesとNoとI don't knowでなんとかなりますよ。」
なんともなりそうにないよ、と心の中でつぶやいた。かろうじてメーコン行のシャトルバスに乗り込む。となりに座ったご婦人が、親しげに話しかけてきてくれた。どうやら娘さんが日本に行ったことがあるようだ。ご婦人は、しゃべる、しゃべる、しゃべる。止まらない。そしてそのほとんどが聞き取れなかった。にこやかに話すご婦人を前に、私は自分の英語力の低さを再確認し、これからの4週間が大いに不安になった。ご婦人は言う、「アメリカは銃があるのよ、怖いでしょう。」と。私は、「今の私にとっては、見たこともない銃なんかよりも、あなたのマシンガントークの方が、よっぽど怖ろしいですよ。」とお伝えしたかったけれど、そんな語彙力も勇気もなかったので、おとなしく、眠気と戦いながら、ご婦人の話に耳を傾けていた。

不安を抱えたまま、病院での研修が始まった。初日はDr.Turkがホテルまで迎えに来てくれたのが、とてもありがたく、優しさが身に染みた。しかし、集合時間は朝6時半。外は、まだ暗い。明日からこの暗闇を、自分で運転するなんて信じられない。何はともあれ、オリオン座に向かって出発進行!
私は整形外科の外傷チームを研修先として選んでいた。外傷チームの医師はDr.Webb(外傷チームのトップ、朝いつも日本語でおはようと言ってくれる。ケンタッキーのカーネルサンダースに似ている。)、Dr.Chan(アメリカでの私の指導医。髪型はヴォルデモート、顔はハリーポッター。ジェントルマンがにじみでている。)、Dr.Dziadosz(ジェイディスと読む。いつも歌っている、ミュージカルが止まらないご様子。)、Dr.Tayag(フィリピン出身、元理学療法士のフェロー1年目で、Dr.Chanがいないときはよく面倒を見てくれた。)の4人。ちなみにDr.Webb以外は、ファーストネームは全員Daniel。どういうことだ。

いつも朝6時半から病棟の回診が始まる。4人に加え、研修医らしき20代くらいの女性が2人いた。その2人がそれぞれの患者さんのプレゼンテーションをしている。アメリカには女医の整形外科医が多いんだなぁと思い、なんだかうれしくなった。後でわかったのだけれど、この2人はPA(physical assistant)といって、医師の代わりに病棟業務などをやってくれる職業の人たちだと判明した。それから、朝のカンファをし、午前8時には手術が始まる。

手術室に入る。アメリカの人たちは暑がりなのか、かなり寒い。もう11月だというのに冷房でも入っているのかと思う。術野の外からだと見えるか見えないかの手術を、この極寒の中、4週間耐え続けるなんて、無理だ。ここは勇気を振り絞って主張するしかない。
「寒い。何か、着るもの、ほしい。」
「ドゥーユースクラブイン?」
ええと、なるほど、今着ているスクラブをシャツインすれば、お腹まわりが温まる。そうゆう意味か。私は例の後輩のアドバイスを思い出した。ここは・・・「Yes」だ。すると手術室から一旦出された。何やら手を洗えと言っている。確かに、手術室の手洗場からは温水が出るはず。ここでも暖をとれるということか。・・・あれれ、着るものは、くれないの?そう思いながら手を洗う。
・・・しかも、冷たい。手術室に戻るとあれよあれよという間に、ガウンを着せられ、手袋をはめられた。そしてやっと理解した。Scrub in、手洗いをして術野に入るということらしいと。
1件目の手術が閉創に入った。Dr.Chanが「キャンユーソウ?」と言った。
・・・ソウ?ああ、see-saw-seen!見えたかってことか。ええ、みなさまのご配慮のおかげでばっちり見えましたとも。ここは、元気よく、
「Yes!」
そう言うと手渡されたのは、鑷子と持針器。そう・・・?Oh!「ソウ」ってsawじゃない。そうか、sewか。そうだったのか。Is that so?
このように、縫合やスクリューの挿入など、日本で、研修医がやらせてもらえるような手技は、かなりやらせてもらえた。研修医という立場だったからこそ、教育的に術野に入り、手技をさせてもらうことができ、間近で手術を学ぶことができたのだと思う。そういう意味で初期研修の期間にアメリカに行くチャンスがあるということに意義があると感じた。

日本と比較しアメリカは肥満患者が多く、そのような患者の足持ちは神輿担ぎをしてもなかなか大変だったし、皮切してからなかなか筋膜まで達しないときは、アメリカを感じた。終わった後、手術室の床は心なしか、焼肉屋さんの床のように、ぬるぬると滑りそうになった。また手術室では執刀医の好きな音楽が流れている。10分に1回は誰かが歌いだす。特にDr.Dziadosz。そして、ビートルズが流れると、全員が歌いだす。No music, No surgery。

日本にいるときと同じように手術に参加し、日本ではなかなか見られないような外傷の手術をたくさん経験した。外傷チームだけで、少ない時でも1日3件、多い時で1日9件、朝から晩まで手術をしていた。骨盤骨折、開放骨折、多発外傷、どうしてこんなにも毎日、派手な外傷患者がいるのか。アメリカ人はいったい、どんな生活をしているんだ。
外来を見学させてもらった日もあった。Dr.Chanがクリニックに行くから、彼のoffice(日本でいう医局みたいなところ)に行っておいで、と言われ、officeでこれからどこか外の病院でも行くのかなと思いながら、Dr.Chanを待った。しかし外来業務はofficeで始まった。officeには診察室が10部屋くらいあり、そこに患者さんがすでに待っており、医師がうろちょろと診察して回るというスタイルだった。立派な創外固定をつけている人も外来でみられており、驚いた。その日は朝から外来が始まり、お昼を食べる暇もなく16時ごろまで外来業務は続いた。その忙しい中でもDr.Chanは、それぞれの患者さんの画像を私に見せて説明してくれた。その中の大腿骨頸部骨折に眼が止まった。いつも私が救急でみるような、お年寄りの大腿骨頸部骨折とはなんだか違う。一体全体、どんな転び方をしたら、こんな骨折をするんだ、と怪訝な顔をしていると、「gun shot」とDr.Chanが言った。そう、銃弾による骨折である。その次に見せられた画像は大腿骨頭が見当たらない。消えた大腿骨頭。これも銃弾によるものであった。最終週には銃弾による上腕骨骨幹部骨折、大腿骨顆上骨折の手術を経験した。1~2週間に1回は銃創患者が来るらしい。いつぞやのご婦人のことを思い出し、日本は銃社会じゃなくて良かったと、心から思った。

Dr.WebbとDr.Chanは、私にどんどん手技をやらせてくれた。Dr.Dziadoszは手術中の解剖をいつも丁寧に教えてくれた。Dr.Tayagは手術の合間にたくさんレクチャーをしてくれた。冒頭で述べた通り、私はスーパー中学英語しか話せない。だけど、外傷チームの先生方は、私が理解できるまで一生懸命教えてくれた。そのおかげで、英語がうまく話せないながらも、本当にたくさんのことを学べた。そして、とにかく楽しかった。

メーコンの街はクリスマスに向けてずいぶん華やいだ。最終日、先生方に別れの挨拶をするとき、不覚にも涙が出そうになった。熱心に指導してくれたこの人たちと離れるのが、とても寂しかったのだ。その一方でわくわくしている自分もいた。日本に帰らなくちゃならないけれど、日本に帰ってからも、整形外科への道を進むことができる。そう思うと、うれしくて、期待に胸が膨らんだ。

外傷チームの先生方。
左からDr.Tayag、Dr.Chan、
私、Dr.Webb、Dr.Dziadosz。

左はDr.Turk。麻酔科医なので、手術室にいると、まめに様子を見に来てくれて、大丈夫か?困ってないか?と声をかけてくれた。右は放射線技師のデビ。それぞれの手術室には常に放射線技師いる。何かと世話をやいてくれた。 アメリカの人たちは、親切で、気さくで、本当に素敵な人たちばかりだった。

病院のクリスマスパーティーにて。
Dr.Turk夫妻と。赤い蝶ネクタイが素敵。

Dr.Chanの家でホームパーティー。 左から私、ローラ、Dr.Chan、Dr.Chanのお父さん(中国語、英語、日本語が話せる。)、Dr.Chanの奥様のハンナさん、ハンナさんのお母さん、ソフィア。ローラとソフィアは双子のお子さんで、来年Dr.Chan、ハンナさんと一緒に黒部に来ます。
盛大に歓迎しましょう!

Thanks Givings dayにDr.Turkのお家でホームパーティー。七面鳥を調理しているDr.Turkと息子さん。

折り紙先生夫婦とのディナー。
ロッキングチェアが気に入りました。

コカ・コーラミュージアム
工場見学かと思いきや、思ってたより楽しいところでした

ラスベガスのホテル群 きらびやか

カリフォルニアのディズニーワールド
ミッキー!

グランドキャニオン

アトランタのリアル
脱出ゲーム的なところ

暴風雨の中、登ったストーンマウンテン

ジョージア水族館

ステーキ、 おいしい!

アトランタの遊園地
ジェットコースターが山ほどある

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