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大西慎太郎医師

平成24年11月17日-平成24年12月17日

My foreign days in United States

 始めに、今回このような大変貴重な機会を与えて頂いた当院内科の辻先生、西村さん、Dr. Doyle、Dr .dela Cruz、Dr. Makii、Dr. Webb、はじめ、関係者の方々に深く御礼申し上げます。

 11月の中旬、成田からうんざりする程のロングフライトを終え、Atlanta, Georgiaに到着した僕を迎えてくれたのは、予想に反したポカポカの陽気だった。
 Atlantaは「風と共に去りぬ(Gone with the wind)」の舞台になった街であり、黒人人権運動でおなじみのKing牧師が生まれ育った街でもある。私にとっては初めての渡米であったが、そう時間の経たないうちに、ここがいわゆる「南部」と呼ばれる理由を肌で感じることとなった。ここAtlantaは黒人の割合が比較的多く、 路地裏で人々が思い思いに音楽を奏で、またそれを聞きながら皆が踊っている。
みちゆく人は皆気さくに声をかけてくる。
 「Hi, how are you? Where are you from?」といった具合である。
 その姿勢はいささか大阪の御婦人方のそれに近いものを感じた。
 アメリカは広い。渡米前から頭の中では理解していた事であったが、今回その広大さというものが敷地面積に限らないことを実感した。我々日本人はそのほとんどが単一黄色人種であり、日本にいると特に肌の色に戸惑う事は少ないように思う。ここでは肌の色、文化、宗教が文字通り多様であり、サラダボウルと呼ばれている所以を実感した。冒頭に述べたように、ここAtlantaは南部の代表とも言われる都市であり、今からたった50年前には人種差別で大きな問題がおこった街である。私が滞在した2012年現在では形に見える人種差別といったものはないように思ったが、注意深く観察すると貧困層の多くは黒人からなっていることは明白だった。アメリカという大国に対する大きな希望と、時折見え隠れする深い闇を感じながら一ヶ月を過ごすことになった。

(0)Medical Center of Central Georgia

 今回研修させて頂いたのは、Medical Center of Central Georgia(以下、MCCG)である。MCCGの病床数は周辺の子供病院などを合わせると600床少々のGeorgia州で2番目に大きな病院だ。正直なところ、病床数だけで見れば中規模病院だなと思ったが、大きな間違いであった。日米の医療システムの違いが大きく関係しているのだが、アメリカでは基本的に医療費がとんでもないほど高い。2週間ICUで入院しようものなら家が建つ程の金額を要求されることとなる。虫垂炎などは1泊で退院してしまうことがほとんどである(それでも100万円近くかかる)。8割程度の人は公的なり民間なりの保険に加入しており、一度入院すると、保険を使わざるを得ない。患者側も保険を使うと翌年からの保険料が上がるために、出来るだけ入院はしたくない。つまり本当に必要な人に、必要な時だけ入院という処置がとられるため、600床の内容はとんでもないほど濃いものだろう想像がついた。院内職員も約5000人いるようで、多額な医療費で多くのman powerを獲得しているようだ。つまり、MCCGは私の想像を遥かに超えた大病院であったのだ。
研修内容としては、第1週を救急医療、第2~4週をOrthopedic Trauma(外傷整形外科)を見学させて頂いた。駄文で申し訳ないが、以下に私見を交えながら述べたいと思う。

(1)Emergency Center

 実習初日、早速こちらのEmergency Center(救急外来)の大きさに困惑した。なんとECだけで50床あり、週末明けということもあり、多くの患者さんを多くの医師、看護師、放射線技師などの多様な職種のスタッフで対応していた。ざっと見てもスタッフだけで20人はいる。また、日米での医療システムの差を初めて感じたのがPhysician Assistantという存在である。PAは医師と看護師の間のような職種で、採血、Xp等の検査のオーダーや外傷患者の直達牽引までやっていた。いわゆる、診断と処方のできない医師といった感じだろうか。彼らの仕事内容は丁度私たちが黒部市民病院の救急外来で行っているものと似ており、上級医へconsultするまで対応するといった具合だ。
 また、患者さんの重症度も様々であり、感冒の小児から、重傷敗血症、なかなかお目にかかれない程の骨盤骨折などを見る事ができた。
 特に日本と異なって目新しかった事は、なんといってもGun Shot Wound(銃創)である。やはりこちらは銃文化であり、猟銃程度なら申請すれば簡単に手に入るようだ。富山で言う、「立山に登って初めて一人前」という感覚は、こちらの「父親から狩猟で銃の使い方を学んで初めて一人前」というものに近いようだ。たまたま開催されていたGSWのConferenceに参加する事もでき、非常に有意義であった。勿論、使う事の無い知識であることを祈っている。救急での1週間目はThanksgiving Dayと重なっていたこともあり、あっと言う間だったというのが実のところである。

(2)Orthopedic Trauma

 私は来年度以降の整形外科医を志すつもりであるので、2週目以降はDr. Webb、Dr. Floydらに師事することとなり、外傷整形外科チームの一員として学ぶことになった。Thanks giving days明けの初日、自己紹介と回診を済ませてから彼らが発した一言は連休ぼけした私の眠気を覚ますには十分すぎるものだった。
 「今日は手術8件あるから、頑張りましょう。」
 僕も手術が好きな人間であるが、さすがに目玉が飛び出るほど驚いた。外傷だけで1日8件の手術をしている病院は北陸近隣ではあまり聞いたことがない。が、手術室に行ってすぐに、それも納得した。手術室の数も20をゆうに超えており、整形外科だけであわせて6つ手術室があるそうだ。(他にも関節、小児、脊椎グループなど)こちらは本当に分業化がはっきりしている。麻酔医の他にCRNAなどの挿管、抜管、人工呼吸器専門の職種があり、手際よく手術室をマネージメントさせていた。一つの手術室にRTという放射線科の技師さん達がつきっきりであり、man powerの違いを感じた。

 さて、私の研修した外傷整形チームの生活を紹介させて頂きたいと思う。
 基本的にアメリカの外科系医師の朝は早い。朝の回診は6時半から始まる。6時半からの回診に間に合わせるために、各々は6時には出勤しているそうだ。7時半までに回診を済ませると、Conferenceを経て、8時には手術室に到着しているといった次第である。
 そこからは、ひたすら手術→手術の繰り返しである。基本的に病棟のマネージメントはPAないしレジデントと言われる卒後1~4年目の医師がするため上級医は手術にほぼ専念できる環境だと感じた。
 そのほとんどが私にとっては教科書でしか見た事が無いような外傷だった。VSの不安定な垂直型骨盤骨折、Motor Vehicle Collision(交通事故)による下肢軟部組織の重度損傷、前胸壁から侵入し、貫通できなかったBullet(銃弾)の摘出術などである。特に、骨盤骨折と下肢骨折に関しては非常に多くの症例を経験することができて本当に良い勉強をさせて頂いたと思う。
 また、アメリカ人は平均的な体型は日本人にとったら完全に肥満のカテゴリーに入るものだ(NY等の都市部ではそういう印象は受けなかった)。それゆえ四肢の手術であろうとも術野は深い。皮切、展開、道具など理に適った斬新なアプローチは非常に興味深かった。Southern hospitalityという言葉通り、3週間お世話になった医師、看護師をはじめとするスタッフの方々は皆優しく、異国にいてなお人のあたたかさに触れる事ができ、とても有意義な時間を過ごすことができた。

(3)週末

 週末を利用してMiamiとNYを訪れることができた。これも素晴らしい経験だった。Miamiは同期の中村氏と訪れたのだが、異国の地でほろ酔い気分で語りあった事、アメリカの最南端で過ごした時間は私にとって忘れられない思い出となるだろう。
 NYはより刺激的な街であった。幸い現地に住んでいる高校生の時の友人に案内して頂き、短い時間でNYの空気を十二分に吸うことができた。

 今ふり返ると、大きなトラブルもなく、とても良い経験をすることができたと思っています。帰国の途につき、筆を進めている今、新しい夢ができたことに気付きました。

I have a tiny dream, someday I`ll be back to US as a medical doctor.
最後に、このような素敵な時間を与えて頂き、本当に感謝しています。
ご尽力頂いた関係者各位の方々へもう一度深く御礼申し上げます。
今後この経験を活かして精進していこうと思う所存であります。







黒部市民病院

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