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竹村朋子医師

平成24年10月6日-平成24年11月5日

 初めての国際線、初めての入国審査―。海外自体が初めての私に、病院見学などできるのだろうかと不安な気持ちをかかえてアメリカに旅立ちました。
すでに現地で2週間を過ごしすっかり慣れた様子の同期に助けられ、恐る恐る運転しお世話になる病院へと向かいました。挨拶も満足にできずひきつった笑顔の私を迎えてくださったのは、とても気さくな病院のスタッフたち。すべてを包み込んでくれるような優しい笑顔で話しかけてくださり、自然とこちらも何か話したい、何か話そうという気持ちになりました。

 1週目にお世話になったのは、救急救命室です。次から次へと患者が運ばれてきて、手の空いている医師が受け持ちます。診察室がとてもたくさんあり、新患がすでに診察室に入室しているところに医師が出向きます。日本では医師が患者を診察室に招き入れるので、はじめは違和感がありましたが効率的であると感じました。問診・診察を行った後には電子カルテに向かい病歴を記録し、問診や全身診察の内容の膨大なチェック項目にチェックをしていきます。この電子カルテの膨大な項目を嫌っている医師もいて、「私たちが患者と接するのはほんの少しで、あとはほとんどカルテに向かっているんだよ」「あなたはこのシステム好き?私は嫌い」といった内容の会話が何度かありました。私は、新患のところへ出向く医師のあとについていき、問診の内容をできるだけ聞き取ろうとしました。患者の話す内容をすべて聞き取るのは私にとっては非常に困難でしたが、ところどころ聞こえてくるメディカルタームをつなぎ合わせ、患者の状態を把握しようと努めました。そして、私としてはその次が重要であると考えていたのですが、どんなに簡単なことでも、質問したり聞き取れたことを医師に確認したりするようにしていました。たとえば、「この患者は糖尿病を持っているんですね?」や「胸痛があるみたいですが、上肢や歯の痛みは?」などです。英語力の大変低い状態で米国に来てしまった私が、少しでもコミュニケーションをとりたいという姿勢をみせるせめてもの手段でした。笑顔で話しかけてくださるご厚意に背きたくないという気持ち、仲良くなりたい、嫌われたくないという気持ちが自然と生まれました。しかし、日常会話に加わることができないのが大変残念でした。壁に向かいひたすらカルテを作成していた医師たちが、たびたび向き合い雑談を始めます。当然のことですが、私に患者の説明をするようなゆっくりとしたスピードの会話ではなく、皆が爆笑していてもついていけません。お近づきになりたいという気持ちとは裏腹に、笑わず言葉も発しないシャイな日本人になってしまっていることがたまらなく悔しかったです。

 2週目からは家庭医学にお世話になりました。クリニックでは外来患者、メディカルセンターでは入院患者の診療を見学させていただきました。印象的であったのは、しっかりとした屋根瓦方式の教育が行われていたことです。クリニックでは、例えば医学生が問診・診察を行い、レジデントにコンサルトし考えをまとめ、さらに上級医に確認するといった具合です。コンサルトの場も大変和やかで、しかし注意点はしっかりと上級医が指摘されており、大変良好な人間関係が築き上げられているという印象を受けました。メディカルセンターでは、朝のカンファレンスから一日が始まりました。朝7時45分から、レジデントがたくさんの入院患者について、もちろん英語で説明します。私はついていけず眠くなることもしばしばでした。1時間弱のカンファレンス終了後は、レジデントがプレゼンテーションをしながら、上級医と共に患者の回診をします。ただついていくだけでも必死の私は、「とっても静かだね。何か質問があれば何でも聞いていいんだよ。」と何度も言われました。症状を聞き、診察をし...という外来患者と比較し、すでに入院している患者について回診の数分で理解するのを私はとても困難に感じていました。わざわざ気にかけて声をかけてくださるのに何も聞けない自分が情けないし、悲しくなりました。階段を昇降し病院を歩き回り、さらに気力も使いへとへとになったところで再びカンファレンスが行われます。さらに眠くなった私はここでもうとうと。せっかくのチャンスを、と思いますが、睡魔にはどうしても勝てませんでした。ここでようやく午前中が終了し、ランチを楽しんだ後は、救急外来より家庭医学に依頼がきた患者をレジデントとともに診察に行きます。ここではクリニックと同様、問診・身体所見より始まるため、私にも理解しやすく感じました。ここでも屋根瓦方式であり、レジデントがカルテをまとめ、さらにチーフレジデントにコンサルトし話し合い、終了となります。日本ではポピュラーでない家庭医学。医師と患者の距離が近く、一人の患者に長い期間寄り添うイメージがあり魅力的だと思い見学させていただきましたが、やはり言葉の壁があり余裕のない見学となってしまいました。レジデントも上級医の先生方も大変よくしてくださったばかりに、自分の英語力のなさが今でも悔やまれます。

 病院以外で、もうひとつ大変心に残っている場所。それは、毎日とてもリラックスした時間を提供してくれたホテルです。ホテルの従業員の方とも宿泊客の方とも、すれ違うたびに挨拶を交わしました。朝食を食べているときは、食堂の方が毎日「Everything is OK?」と尋ねてくれます。毎日毎日ちょっかいを出してくれるおじさんもいます。朝の寒くて眠たい時間も、ホテルの温かい人たちに囲まれながらおいしい朝食を食べる、私にとっては幸せな時間となりました。病院で緊張した時間を過ごし疲れて帰ってきた後も、大きなベッドにバーンと寝転がり、疲れがすーっととれていくのを感じました。本当に、このホテルのおかげで、私のアメリカでの1ヶ月が2倍にも3倍にも楽しくなったような気がします。
 日々の夕食は、以前に黒部に指導に来ていただいた先生方が外食に連れて行ってくださったり、またお家に招待してくださったりしました。小児科のデラクルズ先生のお宅でカラオケをしながらフィリピン料理をごちそうになったり、家庭医学のバートナー先生のお宅でハロウィンパーティを楽しませていただいたりしました。ハロウィンパーティでは、玄関やテーブルがかわいく飾り付けられており、怪しげな音楽を流しながら仮装した子供たちを迎え入れます。本場のハロウィンパーティを味わえたことにとても興奮しました。
 週末には旅行を満喫しました。私はラスベガスとグランドキャニオン、そしてフロリダのディズニーワールドに行ってきました。ラスベガスは見るものすべてがキラキラしており、グランドキャニオンは日頃の悩みがちっぽけに思えるような壮大さでした。ディズニーワールドには、片道6-7時間かけて運転していきました。もちろん、規模の大きなテーマパークも十分に楽しんだのですが、私はこのドライブの時間がとても心に残りました。黒部で2年間を共にしている大切な同期とたくさん話をしながら運転したこの時間は、眠気や疲れをあまり感じることのない楽しい時間でした。旅行だけではなく、平日の病院見学終了後に先生方との予定がない夜には、同期とご飯を食べながらかけがえのない時間を過ごせたと思います。唯一日本語解禁となる時間であり、たくさんたくさん話をして、改めて黒部で大切な仲間に出会えたと実感する時間でした。

 はじめは不安ばかり大きく、ひきつった笑顔で小さな声しか出なかった私も、しばらく過ごすうちに自然な笑顔になっていくのが自分でもわかりました。そして誰にでも笑顔で話しかける現地の人々の人柄に徐々に惹かれていきました。今、アメリカで同期に借りたCDの音楽を聴きながらこの感想文を書いています。この音楽もたくさん聴きました。アメリカのことを思い出す大切な、大好きな音楽となりました。1ヶ月という時間は、帰国をさびしくさせるのに十分な時間でした。かけがえのない経験をさせてくださった黒部とメーコンの方々に、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。この経験を無駄にせず、これからも精進します。



 

グランドキャニオンにて (上)、Walt Disney World (下)



 

Dr. Gardinerと。(上左)、ERのスタッフと。 (上右)、Dr.Girtonと。 (下)



 

Drs. Burtner & Ash 邸のHalloween Party

黒部市民病院

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