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牧本和彦医師

平成24年9月22日-平成24年10月22日

 私は2012年9月下旬より4週間、アメリカ合衆国ジョージア州にある中央ジョージアメディカルセンターにて研修をさせていただきました。一週目は救急外来、二週目以降は形成外科にて研修させていただき、二人の先生の下で本場の形成外科を目の当たりにしてきました。

 世界最大級のハブ空港であるハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ空港に降り立つと、空には3機の飛行機が飛び交うという日本ではまず見ない光景が広がっていました。

 研修先のあるメーコン市はアトランタよりバスで1時間半ほどの距離、そこはハリウッド映画でみる田舎町といった感じでハンバーガーショップやワッフルショップが目立ちます。気候は温暖で湿気がなく、悠然と広がる青い空が印象的でした。実際に私の滞在4週間は雨が降らず、日本海側の天候に慣れている私には考えられない環境でした。

 第1週目は、救急センターを見学しました。救急医は全員で20人弱在籍し、シフト制によって常に3人の救急医がいる状態で救急外来の患者を回していました。
救急医の診察の前にクリニカルナースによる患者のトリアージがあり、簡単な問診をしてリスクや患者背景により患者をlevel-1、level-2に大別します。
 Level-1患者は、基本的には緊急性は低く、帰宅して経過を見ることが可能と判断された患者であり、歯医者でみられるようなリクライニングシートのある診察室に案内されます。ベッドでないことが肝心だと医療スタッフは述べていました。救急には内科や耳鼻科などの専門科を受診できない多くの生活貧困者が受診し、ホームレスも含まれます。ベッドであればそのまま居座る患者がでてくるが、リクライニングシートではそういった事がないと言われました。
 Level-2患者はベッドに寝かせられ、バイタル正常化目的に酸素、ルート確保が行われます。ルートを取るだけの専門ナースが、あらゆるところからルートを確保しようと試みますが、肥満大国アメリカではルート確保も一苦労です。日本女性の太ももほどの腕をした患者では血管がどこにあるかもわからず、取れない患者では外頚静脈からもルート確保します。私が見た確保困難例ではほぼ下顎と思われる箇所に留置されていました。ちなみに日本ではこんなところでは取らないというと、救急医は私も初めて見たと答えました。
どちらにしても患者は個室の診察室に案内されプライバシーへの配慮がされており、Level-2患者一人に対して一人の看護師が付き添っていて、いつでも緊急対応ができる細やかな医療がなされており、マンパワーが充実していることを実感しました。
 救急医の診察は問診をして、それに対しての身体診察、必要な検査をオーダーするといった流れで、実際に私達研修医が救急の現場でやっている内容と大差はありません。違いとしては様々な検査を網羅的に施行していたことで、問診で鑑別診断を絞ると言うよりは検査で絞っていく印象が否めませんでした。

【Take a rest!①】doctor shopping

 アメリカにもドクターショッピングはあります。頭痛、胸痛を主訴に来院する初老の女性は今月8回目の救急受診。検査などでは毎回異常なく、救急医もうんざりしている様子でした。ただ、このような患者の中には重症例もいることは忘れてはいけないと言っていたことが印象的です。

 第2週目以降からは形成外科を見学し、日本とアメリカの外科治療に関する違いを学ぶこととなりました。
 まずアメリカで形成外科医になるにはメディカルスクールを卒業し総合外科レジデントとして研修を行い、認定試験をパスして念願の形成外科フェローとして働くといった形式を取ります。そのため日本の形成外科医は虫垂炎切除もできないなんて信じられない、とよく言われました。
 扱う疾患は日本と大きな違いはなく、外傷や熱傷、褥瘡、皮膚癌、乳癌切除後の乳房再建といった患者の対応をしていました。治療法や術式は共通する部分が多く、根本として治療指針に大差はありませんが様々なところで日本とのギャップが存在します。
 まず乳房再建術ですが、大半の症例では手術はAmbulatory Surgery Centerという日帰り手術施設で行われ、手術が終わると患者は術後休憩室で2時間ほど経過を見られ、問題ないと判断されれば自宅に帰宅します。術式は日本でも行われる広背筋皮弁がよく施行されている印象でした。日本と同様に側胸部には創部出血に対するドレナージバックが2個ぶら下がっている状態ですが、患者はそのまま自宅に帰ります。翌日から外来でフォローされます。
 また褥瘡に関しては褥瘡が形成される患者背景が日本と異なります。高度の肥満のためにベッドから移動できなったため褥瘡を形成していたり、銃創による神経障害のために半身不随となり褥瘡が形成された症例など、日本ではあまり見られない症例が散見されます。手術治療は筋皮弁手術などが用いられ術式自体は日本と変わりませんが、患者は翌日には自宅やナーシングハウスに帰り、外来でフォローされます。
 そして一番衝撃を受けた手術はbreast reductomyでした。直訳すれば乳房縮小術ということになりますが、要するに胸が重いので小さくしてくださいという手術です。
 診断は breast hypertrophy(乳房肥大症)ということになりますが、どれくらいの大きさかというと乳頭が臍のラインに来る程の大きさで、詳しくはご想像にお任せします。症状は肩こり・背部痛・頚部痛などで、自覚症状があれば手術適応だそうです。アメリカではcommon diseaseであり、多くの女性が悩んでおり、若い人では18歳の女性が手術をしていました。両側の乳房切除部の重さは合計3kgという患者もいて、2本のコカコーラ1.5Lペットボトルを紐で繋げ首からかけてみたら疑似体験できるでしょうか。こちらもまた日帰り手術となります。

【Take a rest!②】past medical history

 既往歴もアメリカン。救急でも形成外科でも既往歴の欄に平然とgunshot would(銃創)と記載してあります。形成外科で見かけた褥瘡患者は40歳の男性であり脊髄損傷で半身不随となり臀部に褥瘡が形成されました。交通事故か何か外傷が原因かと尋ねると、22年前に彼女の父親にショットガンで打たれたとのことでした。思春期の彼が何をしてそのような悲劇に会い、その後彼女とどうなったのかは誰も知りません。

 形成外科ではメディカルセンター形成外科の勤務医であるDr.Perofskyと開業医であるDr.Grovesの下に付きました。
 Dr.Perofskyは形成外科医として30年のキャリアを持つベテランドクターですが、メディカルセンター内、創傷や術後の創部感染や褥瘡を扱う創傷治癒センター、急性期創傷だが治療に難渋し時間がかかりそうな患者が入院している長期急性治癒施設など院内外を走り回っているパワフルな先生でした。膝が悪く月一度のステロイド注射しながらも、階段をエクササイズだと言って一段飛ばしで駆け上がっていく姿は圧巻でした。
 Dr.Grovesは2年間の形成外科フェロー、一年間の熱傷治療フェロー期間を終えて個人クリニックを開業されており、週に2日はメディカルセンターで乳房再建や褥瘡などの手術を行なっていました。クリニックの患者さんには美容形成目的で受診される方も多く、一回に十数万円の治療をされている方もいらっしゃいました。
お二人に形成外科を志望した理由を尋ねると、偶然にも同じ答えであり、形成外科は全身どこでも診察し、非常にバラエティに富んでいる、常に新たな刺激をくれる分野であるため選択したと答えてくれました。特にDr.Grovesは、ひとつの疾患でも、それぞれの患者にはそれぞれの苦悩があり、それらに対してそれぞれに合った治療法が必要であり実行しなければならないと述べられた事に強く感銘を受けました。

【Take a rest!③】American Life 

 アメリカでの食事はほぼ外食でした。もちろん本場のステーキを食べたり、ロブスター、ハンバーガーを食べたりしますが、何よりボリュームが凄く、翌朝まで満腹感が持続します。ちなみに4週間で体重が10ポンド増えました。
 また2011年の5月に来黒された小児救急医のDr.Dele Cruzとともにバスケットボールの試合に参加する機会がありました。アメリカではChurch leagueというものがあり所属する教会の名の下で、他の教会のチームと試合をします。各教会には体育館があり試合前に全員でお祈りをします。Dr.Dele Cruzがフィリピン人であることからチームはフィリピン人で構成されており、作戦会議は熱くなると現地の言葉が飛び交い、全く作戦が分からなくなります。残念ながら平均身長が190cmほどある白人チームに39対40という僅差で惜敗という結果でした。チームメンバーにねぎらいの言葉をかけてもらいましたが、やはり現地語でしたので、今ひとつピンと来なかった事はいい思い出の一つです。

 この4週間は私の人生の中で非常に大きな意味を持ち、今後の糧となることは間違いないでしょう。この貴重な経験を今後の医師人生に活かすべく日々精進していく所存です。
最後になりましたが、今回米国研修という貴重な経験の機会を与えて下さった、中央ジョージアメディカルセンター、YKK職員の吉田さん、黒部市民病院をはじめ、すべての関係者の皆さまに深く御礼申し上げます。

 
Dr.Perofskyとともに (左)、Dr.Dela Cruzとbasketball (右)
 
Grand Canyon マザースポットにて (左)、Dr.Gardiner家族とステーキハウス(右)
 
Dr.Dela Cruz家にてホームパーティー (左)、Dr.Dela Cruz夫妻とステーキハウス (右)
 
Dr.Perofsky(左)、New York Top of Rockからの摩天楼 (右)

黒部市民病院

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