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桝本咲子医師

平成21年10月3日-平成21年10月31日

今回10月3日から10月31日にかけての約4週間アメリカ合衆国ジョージア州メーコン市にあるMCCG(Medical Center Of Central Georgia)で救急ER(Emergency Room)を1週間、産婦人科OB/GYN(Obstetrics and Gynecology)を3週間研修させていただきました。

メイコンまでの道のりは遠く、一人で現地まで無事辿りつけるのかと、ただただ不安と緊張でいっぱいでした。道中、成田空港からの飛行機の出発が3時間半も遅れ、現地の空港を出た頃には辺りは真っ暗、当たり前ですが周囲の日本語表示はほとんど(というか全く)なくなり、「あぁ、ついにアメリカに来てしまった。」と、時差ボケした頭でぼんやりと考えていました。メイコンのホテルに着いたころにはへとへとになっていましたが、同時に心からホッとしたのを覚えています。

また、海外での1ヶ月近い滞在は自分にとって初めての体験であり、ましてや現地の医療機関で現地のスタッフに交じり研修生活を送るというのはなかなか想像するにも難しく、途方もなく難儀なことのように思えました。  しかし、現地ではERのDoyle先生、OB/GYNのMakii先生始め、たくさんの医療スタッフが温かく迎えて下さいました。何よりも、アメリカの医療を直に体験できることに期待と興奮、そして不安、不安、不安で胸一杯といった状況でした。

初日からレンタカーを借り、人生初の左ハンドル、右側通行でMCCGに到着し(赤信号で他の車が来ていなければ右折はOK、雨の日は日中でもライトを点灯させなければいけないなど日本にはない交通ルールもいくつかあってヒヤヒヤしました。) 

さっそくERでの研修が始まりました。月並みですが、やはり想像するのは米ドラマ「ER」のような重症患者が次から次へと運ばれてきて大混乱!といった状況です。「きっと、常に切迫した状況で目がまわるような忙しい現場に違いない。」という思い込みで迎えた初日は、(確かにドクター達は忙しく動いていましたが・・・、)全体の印象として「あれぇ、黒部とそんなに変わりないのでは?」といった印象で終わりました。もちろん、交通事故による多発外傷で運ばれてくる患者さんなど重傷者もいますが、軽症患者が多数を占めるのが実際のところのようでした。「朝起きたらめまいがして。」「娘の精神科の薬を間違って飲んでしまって心配。」「3日前からの咳が止まらない。」等々黒部の救急でもよく見かける風景が多々見受けられ、違うのは人種と言葉だけといった様子でした。また、患者さんがいなければドクター達は書類書きなどの事務仕事を始め、ER内は飲食可能なのでコーヒーを飲みながら雑談といった場面もちらほら見られました。医師の仕事は診療ももちろんですが、多くのスタッフの取りまとめをするといった側面も大きいようでした。アメリカだから何もかもが日本より進んでいて・・・とただ漠然としたイメージを持って始まった研修ですが、必ずしもそうではなさそうだと感じた出来事でした。  ERでの研修期間に「PA」というバッジをつけたメディカルスタッフの方とお話しする機会がありました。PAというのはphysician's assistantの略だそうで、「医師を補佐してくれる人」です。この職業の人は患者さんに直接問診、身体所見などをとり情報を集め、医師に報告し、投薬で帰宅するのか、入院が必要かなどの判断を仰ぐ役割があるそうです。黒部では研修医が行っている役割ですが、そのような役職が独立してあること自体がまず新鮮でした。予備知識としてアメリカの医療は細分化されいるというのは良く聞きますが、まさにそれを実感できた気がしました。その一方で細分化されているがゆえに、効率の悪さも時には目立ち、患者さんが何時間もストレッチャーの上で待たされていたり、列をなしている場面もしばしばありました。  また、ERではアメリカの医学生もまた何人か実習に来ていました。(アメリカのmedical schoolでは4年生になると選択で希望の科をローテートすることができるそうです。)彼らの話では、学生であっても患者から問診、身体所見などをとり、時に簡単な縫合や静脈注射なども行っているとのことでした。以前はもっとできる主義の許容範囲が広かったとか。私が学生のころは常に見学だったので、アメリカの医学生教育は実に実践的でしたし、学生の頃から現場での医師の仕事を体験でき、より臨床への意識を現実的にとらえるには良いだろうなと思いました。

ERでの1週間はあっという間に終わってしまいましたが、アメリカの医療であるからこそ優れ、日本はまだまだ遅れているのだといった漠然とした劣等感をどこかで持っていた自分にとって、日本のERと変わらない一面を見てアメリカにはアメリカ、日本には日本のERの在り方があると知ることができ、大きな収穫になったと思います。

メイコン滞在2週目からはいよいよOB/GYNでの研修が始まりました。OB/GYNでは、十数人の1年目から4年目のレジデント達が5人の指導医の元、忙しく働いていました。彼らは産科obstetrics、婦人科gynecology、腫瘍oncologyの3つのグループに分かれ、それらをローテートしていくそうです。私は主にMakii先生の後ろについてまわり、外来や手術などいろいろ見学させていただきました。  最初はやはりERと同様、そんなに診療内容などに日本と変わりはなさそうだなと思い、安心していましたが研修3日目にかなり衝撃的な症例に出会うことになりました。「予定外の帝王切開があるから見においで。」と言われ、どうような症例かの予備知識もないままにホイホイついて行った手術室にはすでに開腹された妊婦がおり、しかも術野にはOB/GYN以外のドクターも多数いて何やら騒然とした雰囲気です。全く状況がつかめず、「なぜこの妊婦さんは胸部ドレーンが入っているのか?」などと一人悶々と考えていました。ふとサイドテーブルにある電子カルテには妊婦のCTが、しかもそれは胎児までもがはっきりと映し出されており・・・「妊婦にCT???よっぽどの外傷なのだな。」と交通事故にでもあったのかと早合点して考えていました。と、そこで学生のひとりが「これが弾丸。」と左胸の乳房付近に写るキラキラした物体を指し示していました。つまり、これはまだ妊娠32週だった妊婦が、子供の父親に拳銃で撃たれ、左肺気胸、腸管損傷、肝脾損傷、胎児死亡となってしまった悲惨な症例で、子宮内から死亡した胎児を取りだすためにOB/GYNのドクターが呼ばれたのでした。弾丸によるアーチファクトが強く写ったCT画像は衝撃的で、強烈な印象を残しました。終わりのないアメリカの銃問題、よく公共の場での銃乱射事件などは大きなニュースで取り上げられますが、銃のない国日本からやってきた私にはやはりどこか現実離れしたもの。しかし実際に銃の被害にあっている人たりは大勢いるのだと背筋がぞっとするような思いでした。

第3週目の初日はハイリスク妊婦検診を見学させてもらいました。ここでは高血圧や糖尿病、感染症などの合併症をかかえた妊婦がたくさんやってきます。何の心構えもないまま見学したハイリスク妊婦検診は驚くことばかりでした。まずはやはりHIVの問題。患者はアフリカ系アメリカ人が多い印象を受けました。OB/GYNのドクター達はinfectious diseaseのHIV専門ドクターのアドバイスを受け、診療にあたっていました。HIV陽性の妊婦は年間200例ほどで、HIV治療法が大分確立されているため新生児への感染率は1%程度までにおさえることができているそうです。MCCGでの出産数が年間7000例ほどだそうなので、おおよそ35人に1人の割合でHIV陽性の妊婦がいることになり、それは決して少ない数字ではありません。逆にHIV検査を患者が拒否し、妊娠管理に支障が出てきたりしないのかと心配になりましたが、アメリカではHIV検査について患者の抵抗感はほとんどなく、一般的に受け入れられているそうでほぼルーチンで検査可能だそうです。HIV患者数が増えること自体は悲しいことですが、一方でHIV感染そのものが一般化し、患者側も積極的に検査・治療に取り組めるという意識変化は本当に重要だなと思いました。

次に何よりインパクトがあったのは重度肥満の妊婦があまりに多いことです。日本でも肥満は徐々に社会問題となってきていますが、アメリカの肥満は私たちの感覚では尋常ではないほど高度で、(私は直に会うことはできませんでしたが。)、体重600ポンド(約270kg)の妊婦も患者としているそうです。ここまで肥満も高度になると、膣からの検診はできず、腹部エコーも特殊なものを使わないと見えないそうです。帝王切開するにも子宮までたどりつくのにどれだけの脂肪が・・・と想像するも不可能なので諦めました。「でもね、以前に730ポンド(約330kg)の妊婦を管理したこともあるよ。」とMakii先生は笑顔で話して下さいましたが、ここまでくると冗談ではすまない深刻さで、手術台には乗れないため床で手術することになったなど、とんでもないエピソードが聞かれました。確かにアメリカの食事は脂っこく、肉と炭水化物が特に多い印象で、一度イタリヤ料理のディナーが出るというHIVの勉強会に参加させていただいたときに、ステーキを頼んだ人の前にレンガのような肉の塊が出てきた瞬間、一体これは何かの冗談かもしくは嫌がらせではないかと真剣に疑いました。日本は食の欧米化で肥満が増えて生活習慣病が深刻な事態に・・・と良く耳にしますが、本場のアメリカ人の食生活にはまだまだ日本は遠く及ばないなと感じる今日この頃です。

このようにOB/GYNでの研修はERとはまた違った驚きを教えてくれました。4~5日に1回の当直をこなし、日々忙しく働いているレジデント達に交じって終えた3週間はこれまたあっという間でしたが、皆が常に生き生きと充実した様子で働いていたのが印象的でした。忙しさに悲観的になるより、仕事を充実させて生活の質を高めるといったことなのでしょうか。私も是非ともそうありたいと思いました。

4週間におよぶ米国研修は、少なからず自分の価値観、医療に対する考え方に影響を与えるものになりました。自分がいずれ自分の専門を持ち、何年か経験を積んだ後にいつかまた米国での研修を行えたらと思います。

最後に、このような素晴らしい研修の機会を与えて下さった黒部市民病院、MCCG(Medical Center of Central Georgia)の皆さんに心から感謝いたします。ありがとうございました。

 
CTGモニター前(左)、玄関ロビーにて(右)
 
廊下で(左)、手術風景(右)

Makii先生ご家族と

黒部市民病院

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