本文へジャンプ

谷口源太郎医師

平成19年11月10日-平成19年12月9日

この度、黒部市民病院の多くの先生方・職員の方々のご協力をいただき、2007年の11月から12月にかけて約」4週間、アメリカはジョージア州、メーコン市にあるMedical Center Central Georgiaにて研修させていただきました。簡単ではありますが、体験記を書かせていただこうと思います。

海外は大学の卒業旅行で香港に行ったことしかない旅行経験の豊かではない僕ですが、行く前の心配とは裏腹に、アメリカでの滞在は非常に快適で有意義なものでした。アトランタ空港に土曜日の昼過ぎに到着し、早速空港のファーストフードをパクリとやった僕は、空港から高速バスで滞在先のメーコンへ。気候はジャケットがちょうどようくらいの涼しさです。雨(ほとんど)なし。高速バスで心地よい(?)揺れとともに目覚めると、もうホテルの前に着いていました。(運転手さんが気前よくホテルまで送ってくれたのです)。ホテル暮らしというよりは、ほとんどワンルームを一月借りるというニュアンスに近く、広い部屋と大きな風呂に一気にテンションがあがります。朝食はラウンジでいただけるほか、簡単な冷凍食品や清涼飲料水・お菓子は受付の横で販売という充実ぶり。初日から、ホテルを用意してくださった病院の方々にとても感謝したのをよく覚えています。月曜日にレンタカーを借りて移動手段を確保。当然初めての左ハンドルですが、意外とすぐ慣れました。

これは4週間食う・寝る・遊ぶは何の心配もないだろう!と確信し、いざ研修へ。僕の研修プログラムは最初の3日間をERで見学し、その後Dr.カートナーについて感染症診療を見学する、というものです。

まずER ですが、メーコンの医療センターが誇る巨大なERは大まかに①Chest Pain Center:12床 ②Pediatrics(小児救急):6床 ③Fast Track(軽症患者を診療して素早く帰す):7床 ④Level2(重症ではないがERでの治療が必要などの理由ですぐ帰せない患者を診る):7床 ⑤Main ER(入院等考慮される患者を診る):20床 ⑥Major Trauma:2床に分かれています。PediatricsとFiest Trackでは、mid level providerと呼ばれるナースが軽症患者の診療にあたっており、彼らは検査の項目や処方の内容などを適宜内科Drにコンサルトしながら、基本的に独力で患者を診療し、帰宅させています。ERで働くナースには、PA(Physician Assistant)・NP(Nurse Practitioner)など細かいランク付けがあるようでしたが、違いは教えてもらえませんでした。ERの監視役たる内科Drは、Fast Trackでのナースの仕事ぶりを監視しつつ、自らはLevel2とMain ERの診療にあたっています。僕たち研修医は主にこの内科Drとともに過ごして、症例からいろんなことを教わります。コカイン中毒などアメリカならではの症例がくるので、ERはときに物々しい雰囲気になります。院内に警察が常駐しているのも納得です。職員の間では「Crazyに忙しい」が合言葉のようになっていますが、日本の救急と比べるとマンパワーの差は歴然で、時間的にもゆとりのある診療ができているなと感じました。検査結果待ちの時間などは内科DrがGoogleで検索した医学画像で問題を出してくれたりして、一緒にERを見学している医学生と問題に答えながら楽しくおしゃべりもできました。さすがにMain ERは患者さんを診察させてもらえる雰囲気ではないので、内科Drにお願いしてFast Trackに行かせてもらい、そこでは救急の患者さんを実際に問診して簡単に診察もさせてもらえました。ERまでで痛感したのが、書くことよりもしゃべることよりも、英語を聴き取ることが一番難しいということです。わからないときは、笑顔でパードゥンミー?・・・3回言うとさすがに苦しいです。

さていよいよDr.カートナーとの感染症診療ですが、カートナーはHIVの大家であるばかりでなく、マーサー大学のベストティーチャーに選ばれたことがあるほどの人気者でもあり、滞在中に見学した彼のレクチャーは、学生全員爆笑でした。レクチャーで質問に答えられず困っている学生には、「Tで始まってBで終わる感染症だよ?・・・そうTB(結核)だ!」と答えそのままのヒントを出すなどのサービスぶりで、彼のユーモアと優しさがにじみ出ていました。  カートナーの日常業務は主に、医療センターでの診療・ご自分のクリニックでのHIV診療・他地域の保健センターや小さなクリニックの診療の応援・講演会などです。

医療センターには感染症専用の病棟はなく、もっぱら各科から困難な症例のコンサルトを受けるのが仕事であり、それゆえ症例のバリエーションも豊富です。術後感染症や膵炎のように日本でも診るような症例から、小児の血球貧食症候群やら舞踏病やら狂犬病やら。HIVに感染した妊婦のマネージメントにも係わります。もちろんHIV診療では一般的なカリニなども。AIDS患者で双極性障害があって精神科入院中という人もいっぱいいました。カートナーとの病棟回診では、身体所見のとり方から細かい指導があり、日本ではほとんど所見をとろうとしたことすらなかった腋窩リンパ節腫脹の所見がとれるようになりました。・・・お恥ずかしい話です。後日Dr.バートナー(黒部にいらしたことのあるFamily Medicineの先生)夫妻とお食事に出かけた際、かつてカートナーに指導医をしてもらっていた奥さんが、「昔はもっと細かかったのよ。カルテに鑑別診断を全部書かされたんだから!」とおっしゃっていました。昔はもっと熱かったんですね。感染症診療についてもいろんな指導をしていただきました。話がいいところになるとカートナーもどんどんのってきて早口になるので、聞き取れなかった部分は一緒に回診していた医学生にこっそり聞いて、医学生さんとも仲良くなれました。

カートナーはご自分のクリニックでAIDS診療を行っており、そこにも医学生を招いて患者の診療を経験させています。ここでは僕も、始めから終りまで一通り診察をさせていただき、英語で診察し、英語でカルテ記載するという作業に四苦八苦しながらも、大変貴重な経験ができました。特に一番最初に診察した患者さんは、脳梗塞後でどもったしゃべり方をする黒人の患者さんだったので、話し方ももともとの発音も聞き取りづらく最大の難関と呼べる症状でしたが、誰が助けてくれるわけでもないので、開き直って何度も聞き返しながらどうにか問診をとることができ、その後の自信になりました。クリニックで出会ったAIDS患者さんたちはみな一様に笑顔で、とても明るい患者さんばかりだったのが印象的です。後日Dr.バートナーの奥さん(再登場)にその話をしたところ、「昔AIDS診療が始まったころは、今みたいに長生きできる患者さんはいなかったのよ」と医療の進歩の感慨深げに語っていらっしゃいました。それでもまだまだ偏見は強いようです。HIV陽性なので診療を拒否するドクターもいるという話も聞きました。

その他、カートナーの一般向けの講演会に出席したり、院内のレクチャーに参加したりとアメリカでは本当にいろんな経験ができました。  現地で迎えて下さる先生方も大変親切で、Dr.カートナーとはもちろんのこと、ERのボスであるDr.グリフィンとランチやディナーに出かけたり、前述のDr.バートナー邸にお邪魔してホームパーティーを開いていただいたりと、それはそれは楽しい時間が過ごせました。向こうの人は、冗談が好き・話すのが好きでとても親しみやすいです。特にジョージア州のような南部の人々の温かいキャラクターは際立っているように思います。

長くなりましたが、本当にここには書ききれないくらい楽しいことがいっぱいあり、このような経験をさせていただけたことを本当に心から感謝しております。大変ありがとうございました。アメリカでの研修の雰囲気が少しでも伝わると幸いです。 

 
レジデンスインのスタッフと(左)、Dr.Katnerと(右)
 
Dr.Griffin夫妻、整形のDrと寿司屋へ(左)、藤木先生もいっしょに(右)
 
Dr.Griffin夫妻とメキシコ料理屋で(左)、NYにて(右)
 
巨大なHot Chicken Pie!!(左)、ギターヒーロー!(Dr.Burtner 邸にて)(右)

黒部市民病院

ページトップへ

ディレクトリーナビゲーション